弘前の笛職人

 2009年の夏に編集した、「夏色雑記町」というwebサイトに掲載された記事を、再掲載いたします。

〜竹心房 藤田竹心さん 弘前市〜



 弘前市にある藤田竹心さん宅を訪れてみると、家の窓や壁には、すだれのようなものがたくさんぶら下がっていた。 まさか、と思って近づいてよく見ると、それらはすべて、笛の原材料となる篠笛だった。 「日のあたるところは、みんな笛を干しています」 と、笛師、竹心さんはあたたかい笑顔でそう言った。



 尾島のねぷたまつりで使われている笛の8割、9割は、この竹心房さんが作っているものだと思われる。 自分も、竹心さんの作った笛を使っているが、多分一生の宝物となると思う。なぜなら、ある思い出があるからだ。それは、2008年の出来事だった。
 竹心さんの笛を、注文して弘前から太田市へ送ってもらったのだが、使い始めて1週間後に、扉に挟んでつぶしてしまったのだ。バカな行いを謝罪するため、弘前に電話をかけたら 「それは悲しかったでしょう」 と、竹心さんはまず、思いやりの言葉をかけてくださった。 それから驚くことに、笛を直すために、弘前に送ってくださいと続けた。まるで、夢の中の、言葉のように聞こえた。
 そして、笛を弘前に送ってから数日後、笛は見事、修理されて、しかも糸が巻かれて格好よくなって返ってきたのである。 「真の職人」の技、そして心に、とても感動した。 いつか、弘前に行き、竹心さんにお話を伺いたい、と思った。
 そして2009年5月に決心し、竹心さんに、弘前の正調の笛を教わりたい、とお電話で依頼させていただいた。 竹心さんは承諾してくださったが、電話を切る前にこれだけは覚えていただきたい、と次のようなことを言った。「せっかく、尾島で正調の笛を教わったのだから、それを大事にしてください。最近は、弘前ねぷたは青森の「凱旋」のねぶたの影響をうけているけれども、弘前は『出陣』なんです」。
 弘前は出陣、という言葉がやけに心に引っかかった。



 弘前でお会いし、竹心さんの作業場を拝見させていただくと、笛や、笛になる前の篠竹がいくつも置いてあった。しかし、なぜか笛にパンダの指人形がかぶせてあったりして、どこかしら茶目っ気が、感じられる。 
 電話でも感じていたとおり、竹心さんは本当にやさしく、音楽が好きな人で、楽しい人だった。また、パソコンも一台置いてある。パソコンでメールのやり取りをしたり、You tubeでいろんな人たちの笛の演奏を見てみるのだそうだ。時代の流れに乗る、21世紀の職人だと思った。
 竹心さんの笛は、どれも穴の切り口が滑らかで、正確な円、楕円の形をしている。一本一本、やさしくて、丸い、という印象のほかに、どことなく「しっかりしている」という感じを受ける。竹心さんは、笛を作るときには、次のようなことを心がけているという。

・職人は、「情っ張り」ではいけない。人の意見も聴く
・笛の職人は、笛を上手に吹けなければならない。

 また、竹心さんのところに、笛の作り方を教わりに来る人もいるが、そうした人たちには、ヒントだけ与えて、次に来るときまでに、作ってくるように、と話すこともあるそうだ。 「作って苦しまなければならない、そして作る楽しみを知らなければならい」そうした過程が、職人と呼ばれる人間にとっては、重要なのだろう。 さらに、他のプロの仕上がりを見て、どうやって作られたのか、を読み解く目を磨くのも、大切だそうだ。



  さて、いよいよ笛の講義が始まった。
 「笛の音が出ないのを、笛のせいにしてはいけません」 竹心さんは、いきなりこちらがギクリとするようなことを言った。 「私も、笛のせいにしていたことがますから」 と、竹心さんは笑ったあと、なぜか、キッチンペーパーの芯を出して見せた。 「たとえば、こんなものでも音が出るんです」 ・・・・・・と、あれ?音が出ない。
 すると、やさしかった竹心さんの顔が、急にきりりと、武者絵のように厳しいものになった! 「意地でも出さねば」 くっと、眉毛が上がる。そして、ピーっと、音が出たではありませんか! ただのキッチンペーパーの芯、紙で!?
 笛は、音が出るようにできているので、あとは、芯のある、太い音を出さなければならないとのこと。 確かに、ただのキッチンペーパーの芯でさえ音が出るのだから、吹き方を誤らなければ、篠笛は音が出るものなのだ、というのは説得力のある話しだ。音が出ない人は、下唇に、強く笛を押し当ててみる。そうすることで、たいていの人は、音が出るようになるのだそうだ。
 竹心さんは、また、笛をさかさまにして吹いてみても、音が出せた。笛の色々な穴を吹いてみて、音を出すのも練習になるそうだ。



 しばらく、音出しのコツを教わった後、弘前のねぷた囃子についてお話をうかがった。 「正調のねぷた囃子を教わりたい、と言っていましたが。正調がどう、とかいう以前に、弘前ねぷたには勇ましさがないとだめだ。弘前は、出陣、なんです」 竹心さんは、凛とした口調でそう言った。そして、笛を手に取り、吹いてみる。 ・・・・・・力強い! 「太鼓を叩くときの音に合わせて、笛も力強く吹いてみる。強弱のメリハリが大事」
目を閉じ、耳を澄ませてみると、心の中に、戦いに赴く兵士たちの情景が思い浮かんだ。 改めてこの弘前の地で、弘前ねぷたの勇ましい音色を聴くと、なんだか、困難に立ち向かう勇気のようなものが心の中に芽生えた。  

 実は、告白すると。自分は弘前ねぷた囃子より、青森ねぶた囃子の華やかさにあこがれていた。(ごめんなさい)
 青森ねぶたの「凱旋」は、華々しい。踊りたくなるような音色は、心を激しく揺さぶる。
 それにくらべて、弘前ねぷたはなんだか重い、と感じていた。 弘前ねぷたも、転がしをいっぱい入れたり、速いテンポにするなど演奏の仕方を変えれば、華々しく楽しいものに聞こえる。 でも、そうしたら、それはもう「出陣」の調べではなくなってしまうのだ。

 出陣の調べ。それは、大切なものを守るために前進し、戦う人々の魂。 そしてそれを見送る家族や恋人たちの思い。 青森のねぶたと表現するところが、はっきり違うものだ、と初めてわかった。尾島ねぷたの笛の教室でも、弘前ねぷたのお囃子は、あまり転がしを入れすぎてはいけない、と言われていた。 一歩一歩、踏みしめるように表現しなくてはいけない。 勇壮に、そして哀愁を込めて。 

 先の見えない、困難な時代には、無理に気分を明るく盛り上げようとするより、弘前ねぷたのような「出陣」の気持ちを持って、立ち向かうことが大事なのではないか。 困難にまっすぐ立ち向かう勇気と、覚悟を奮い立たせてくれるものが、必要なのでは。

 ・・・と、頭では理解できたものの、実際に演奏するとなると、難しい。自分も、「勇壮かつ哀愁を込めて」と挑んでみたのだが、 「ぷえ~ぱぷえ~」 と、間が抜けた単調な響きしか出てこない。 強弱のメリハリもへったくれもあったもんじゃございません。 強弱は、腹からの呼吸が大事なのだとか。センスの問題もあるし、課題は山積みである(笑) しかし、そんなへっぽこ笛の自分にもかかわらず、竹心さんは最後まで親切に、教えてくださった。
 次の日、竹心さんの風邪が悪化したのはたぶんそのせいだったのだと思われる・・・



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